婆さんの繰り言 ●管理者用
 



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No.77 『愛と誠』テレビ版のエピソードT
 
2006/06/04 (Sun)
まずは、吾輩から〜!
え?!厚かましい? ま、いいじゃないすか。

九月の末に街を歩いていたら、びっこを引いて歩いている自分に気付いたの。
信号が変わって走ろうとしたら片足動かなくて走れなかった。

三日経って激痛がその右足に来て、ついでに曲げ伸ばしが緩慢になり思うように動かなくなったわ。

その状態でオーデションにのぞみ、受かって撮影に入ってドジで馬鹿と言う仮面に不具合を隠し通してのアクションだったから、右足で踏み込めと言われても出来なくて、そりゃもう寄ってたかって罵られたけれど、アクションやりたくて高校の時から警察の剣道の朝稽古に朝六時から道場通いしてて、朝警察から出て来るのを見かけた人に学校に告げ口されて、校長室に呼ばれたりしたのは何の為?と痛みと麻痺に負けるもんかと頑張ってたわ。

丁度撮影の日に継父が胃癌の手術で、父の妹(つまり叔母様たち)達に「親不孝!!」だのなんだのって攻撃も食ったね。

でも、スケバン達だって恵まれまくってた訳じゃないの。

笹田典代はパセドーシだって言ってたし、、、。

城山いづみ がスケバンでは最年少。
当時21歳。
劇団に所属していて「私、重要な役なの!」が口癖で、私とは仲が良かったわね。

田中エリカは「よいの!」が口癖で、へまってもケロリとしていた。
当時、歯磨きのCMに子供役で出ていて、12才の役のオーデに22才でいどんて獲得した由。

リズおねぇさんの久邇あき子さんは、石橋さんの率いる『第七病棟』に所属していた。

飛柿マチカさんは赤坂の月世界の専属歌手で、大した物だったらしい。

愛田純さんは、見かけはスケバンだが親切な人だったし、一日送れで乗り込んだ私に事情の説明をしてくれたり、その後の付き合いは暫く久邇さんと城山さんとは続いたけれど今はもう誰の事も判らない。




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